ポエムしりーず 「夏の君へ」  君へ。君は夜眠るとき、冷房の設定温度をいったい何℃にしているんだろう?その問題は君が自分で考えてるよりもずっとずっと、だ~れも興味を持っちゃいない問題だよ。だから今日こそお願いさ。ゆうべの設定温度をみんなに報告するのを止めてくれないか。だって、ここはしごとをする場所だから。  君へ。君が夜眠るとき、冷房の設定温度を決めてる根拠はなんだろう?その温度より、たった2~3℃高い設定温度の目上の人たちに対して、そこまで大袈裟に驚いて見せる必要はないよ。だって、ここはしごとをする場所だから。ひとが働いて労働賃金を得る場所だから。

タケウチ
お湯ゲノム

2010/09/10:

2010年09月09日(木)
90年代の後半から流行しだした日記サイト、個人ブログっていう種類の遊び?コレね、オレね、実は何ともう8年半ほど続けているんですよ(泣) 隠してないけど since 2002(号泣)。携帯メールとツイッターに慣れ親しんだ2010年の「最大でも140文字世代」から見たらまるでティラノザウルスか北京原人のように思われるかも?ですね、実際ね。でもさでもさァ、ある種こんな自分引用遊びも出来んぜ、じっさい。


2002年09月09日(月)の「お湯ゲノム」からの引用(原文ママ)
(性懲りも無く)仕事帰りにまたブックオフで4枚買い。 しかし、この「男湯」立ち上げ当初から言ってた事だけど、誰からも叱られな いってのはある意味で本当にキツイ。更に今のところは、誰からもほめられな いってのが加わってるから余計にキツイよな。

2003年09月09日(火)の「お湯ゲノム」からの引用(原文ママ)
修理に出してた腕時計が直ったとの事で、受け取りに行く。ちなみにこの一年間で3回目。3回とも金属のベルト部分がはずれてしまっていたのだ。なんか、ここまで壊れるとオレの腕から、なんか、酸とか、何だろ、毒物とか、よく分からないけど、分泌されてんの?とか思ってしまう。出てるなら出てるで、分泌量とかタイミングとかを自在に操れたら便利だけどな。「えいっ!この野郎、これでも喰らえ!」なんつってね。誰に飛ばすんだって話しだけどな。(さしあたり京子あたりかな)

夕方、銀座。鈴木慶一「座頭市 オリジナル・サウンドトラック」(ドリーミュージック)買う。
2作目以降はずっと一貫して久石譲氏とコラボってたので新鮮です。メインテーマの「ロード・トゥ・ア・ポスト・タウン」(トゥー・クール)とエンディングのタップ・シーンで使われてる「フェスティボ」の落差が凄い。「フェスティボ」のリズムは完全にブラジリアン・ファンクの流れに位置付けできるモノで、ミキシング的にはハウス以降のバランスを意識していますね。ただし、それを和楽器のみで構成してるのがポイントで、三味線、鼓、尺八、大太鼓なんかを思いっきりパーカッシブに使ってる上で、能や歌舞伎みたいな合いの手が入って更に盛り上げる展開になっていて、かなり素敵です。「イヨォーーーーホォーーーーーー(超和風)」みたいな感じです。

夜、銀座INZの京風創作おでんの店、石で呑み。

2004年09月09日(木)の「お湯ゲノム」からの引用(原文ママ)
井上雄彦「リアル」(集英社・ヤングジャンプ)の第1巻を読む。
痛いねェー、コレ。なんか、肌に突き刺さるカンジっつーの?イヤ、これでも一般常識として「バガボンド」とか読んで来てる訳よ。吉川英治の原作もトライしたのよ、これでも若い頃にはさ。それも「バガボンド」前よ、一応。こういう、20何巻とか30何巻とか続いてる作品の「第1巻目だけを読む作業」を続けてる最中に、比較的新しい短い作品に出会うとヤヴァイですなァ。だって、まだ3巻目くらいっしょ?コレ、せいぜいさ。こっちの続きに乗り換えようかなァ、とか思う訳じゃん、これでも人並みにさ。しかし、この車椅子バスケットを題材にした「リアル」の場合さ、礼儀として同じ作者の「スラムダンク」くらいは前フリ的に押さえておいたほうがいいよなコレ、とか思う訳よ、これでも。直感的にだけどさ。

2005年09月09日(金)記入ナシ
2006年09月09日(土)記入ナシ

2007年09月09日(日)の「お湯ゲノム」からの引用(原文ママ)
山田洋次監督「男はつらいよ44 寅次郎の告白」(1991/12)
ココへ来ていきなり監督とは別に総指揮、奥山和由のクレジットが出てきて驚きましたね。初期キタノ映画への功罪の大きい人なんですが、なるほど松竹出身だったのですね。マドンナ役は吉田日出子なんですが、とても本人の存在感とか演技スキルを生かせた脚本とは感じられませんでしたね。

2008年09月09日(土)記入ナシ
2009年09月09日(水)の「お湯ゲノム」からの引用(原文ママ)
●スタンリー・キューブリック監督「ロリータ」(1961)
(コメントなし)


こーゆーのって、例えばクラスで自分が一番オモシロイと思ってるような、イヤ実際そうかも?な、文才の溢れる10代の子には出来っこない年輪バームクーヘン式スタイルよね。大人げないやり方の(笑)思ってた以上に映画とかに関係していたゼロ年代の09月09日のオレ、でしたね。

こうやって並べてみて改めて思うのは、これだけ続けてると抜けてる年の09月09日も何を考えて何をしていたのか?コレ、意外と「あんな感じだったなァ~」とか「あっちのほうの意味で書かなかった年だなァ~」とか具体的に思い起こせるっていう予想外の展開をしみじみ感じてるんだわ。

お湯ゲノム

2010/09/10:

09月08日(水)
2010年も半分を過ぎて来ると、いよいよ冷静に振り返れるってもんだわ。「結局、(二千)ゼロ年代って何だったの?問題」よね。私が音楽関係の仕事を離れたのは2001年のこと。その9年後にいくらなんでもココまで音楽から興味離れるとは思ってなかったかも。データ配信化が進むであろう予測って、実は現場では1996年くらいから完全に断言されていた記憶がハッキリと残ってるんで、そこは想定内なんだけど、パッケージソフトがここまで反比例の落ち込みを見せるとは予想の外でしたね(笑)

ゼロ年代のヒップホップで成果を上げたのはエミネム、カニエ・ウエスト、アウトキャスト、ブラック・アイド・ピースあたりなんだけど、結局この人たちって厳密には90年代デビュー組ですからね(笑)消去法で言うならば50セント、エイコンあたりがゼロ年代を代表するヒップホップなのかも。R&Bで言うならアリシア・キースかビヨンセかなァ?コレも両方90年代デビューか(笑)。ノラ・ジョーンズは立ち居地ビミョーに違うしねェ~。

日本のTVドラマは「池袋ウエストゲートパーク」(TBS)で衝撃的に幕を開けて以降「時効警察」(テレ朝)で、ゆるくて打開策とか無くても良くね?的なカウンター的スタンスの作品が10パーセント以上余裕でクリアーしだした、その功罪は正直あると思っています。

コミックは、何と言っても「デスノート」に尽きる!これだけネット配信、リアルタイム更新、高画質ウンヌンが発達しまっくったゼロ年代の表現状況にあって、毎週1回月曜日に(キョーミ無い他のマンガと綴じ合わされたスタイルの)印刷媒体で、ここまで出来るんだ!っていう、オッサンの懐かしジャンプ記憶を完全に塗り替えた功績はでかかったですね。

TVバラエティーは、もう予想付くだろうけど(笑)「M1」と「ゴッドタン」ね。個人的に2001年の暮れって10年ぶりに自分の時間出来た頃だったんで、手塚マンガとか黒澤映画とか「昭和回顧」に浸ってた日々に(今となっては考えられないくらい)さほどの宣伝もなく突然始まった感のある「第1回のM1」、今と違って2時間サイズ、ずっと正座して中川家の優勝の涙までを見終えた記憶がハッキリ残ってます。そして「めちゃイケ」以降のテロップ芸・テロップ突っ込みを、今も尚ブラッシュアップし続ける「ゴッドタン」の志(こころざし)の高さね(笑)

あー、ここまで書いてみて思ったんだけど、今日のこの記事とかウチにしちゃ珍しく「カキコミ」「コメント」やりやすい内容に
なりかけてない?読者参加型?つゥか、参加しやすい型?つゥの?(笑)まあ、どうせいつもの無反応か?(爆笑)

お湯ゲノム

2010/09/10:

09月07日(火)
第34回モントリオール世界映画祭の授賞式で、李相日監督「悪人」に出演の、「踊る大捜査線」シリーズでも有名な深津絵里さん(37)が最優秀女優賞を受賞した。同映画祭で日本人女優の同賞受賞は「天城越え」(1983)の田中裕子さん以来27年ぶり2人目。って、オイ!田中裕子さん、スゲエな。サントリーの焼酎か缶酎ハイか何かのCMの、あの時期よね?(←オッサン化現象)



お湯ゲノム

2010/09/09:

09月06日(月)
穴守稲荷のアパートで発見された白骨遺体はリュックサックで保管・移動がされていたのはご存知の通り。アレ?温度差あるコノ話題?まあ、そうらしいんですわ。他の多くの「実は既に亡くなっているのに不正受給を続けていましたスイマセン、パターン」と違ってこの「穴守稲荷リュックサック事件(ケース)」って、結構気に掛かってる自分がいます、2010。

自分が死んだ後、一般的な「火葬からの埋葬」じゃなくて散骨とか自然葬とか遺言次第じゃ選べるらしいっていうレベルまでは何となく知ってる私ですが、まさか墓石でも仏壇でも、はたまた日本海でもなく「リュックサックに祭られる」パターン?これは想定外でしたね正直。あとは、まあ、わりと世間の中では意識的なほうの人だと自覚してた自分ですが、街ですれ違う他人や電車で同じ車両に乗り合わせる他人のカバンの中に、いったい何が入っているのか?或いは何が祭られているのか?なんて事は本当に分からないし、分かる必要も無いんだってことを、強くしっかりと感じる42歳の夏の終わりかけ。

お湯ゲノム

2010/09/09:

09月04日(土)
建設中の今だからこそスカイツリーの姿をしっかりと記憶に焼き付けておきたい、とか割りとそっちの思考グループに分類されるほうの男です。スカイツリーを見る為だけに東京タワーの展望台に上る人とか増えてるらしいんですが、もろビンゴですね(笑)つーか、書いてて思ったけどコレ完全に缶コーヒー「BOSS」のCMの影響ですね。(笑)オマエのオリジナル発想じゃねーし、わざわざブログに書かなくてイイよ!っていうね(笑)


09月05日(日)
昼「世界の果てまでイッテQ!」(日テレ)観る。登山部SP・内村、冬富士登山編。
くどいようですがこの番組ってこんなんなってたんだ!っていうね(笑)全然知らんかったわ、スゲエスゲエ。私も先月行って来た富士山の吉田口ルートをウッチャンが登ってたんですが、雪で絵ヅラが真っ白(笑)まるで全然別の山みたいね。つーか、たまたま休みだったからコレ観れたけどそうじゃなかったら観てないからね完全にね。

夜「世界の果てまでイッテQ!」(日テレ)観る。登山部SPイモト、モンブラン完結編。
イモトアヤコさんっつーのは、正直よく知らなかったんだけど、コレもうタレントじゃねーわ実際(笑)ココで私が何を書いてもこの凄さは伝わらないと思うので、そこに関しては書きません、サーセン(笑)しかし、今回に限らずだけどテレビの企画でタレントを悪状況の山頂まで見事にナビる山岳インストラクターの人?あの人たち恐ろしすぎるわ(笑)

酒井
ぽじみち

2010/08/10: 温泉経由→再び新宿へ

一日目の登山開始のときと逆で、下山の最後は登らされたりして。それでもなんとか富士スバルライン五合目に戻る二人。
めいめいで下山と昼食を済ませた乗客の8~9割が、ツアーバスの発車と同時に熟睡に入るという深夜バス以上の眠り率。
途中、河口湖の温泉に立ち寄って一時間チョイの入浴休憩。風呂上りに自販機で買って呑んだビールのアルコールが回るの回らないのってね。普段もこんなに酔えたら安上がりでいいのに。
高山病の頭痛もゆっくりと引いてきたところで、本当に本当にこのツアーのファイナル地点、新宿西口にバスが到着。無事ケガもなく帰ってきました。お疲れっした!

YR5(幽体離脱5秒前)のタケウチさん
再び戻ってきた新宿西口
写真はYR5(幽体離脱5秒前)のタケウチさんと、再び戻ってきた新宿西口
ぽじみち

2010/08/10: いよいよ下山

下山道はとにかく長い。で、変化に乏しい。砂ぼこり舞う中、人ごみ掻きわけひたすら道なりのジグザグ往復に身を委ねる二人。
「さっきと同じ景色ですよね」
「デジャヴ感すごいね」
って何回言ったっけ?っていうか本当に言ったっけ?っていう、時空の歪みすら感じる数時間。意味もなく笑けてきたり、かと思うとしばらく押し黙ったり。まあね、もう四十過ぎてね、そんなハシャいでばかりもいられないってね。
途中、タケウチさんのケータイはバッテリー切れ、酒井の大腿四頭筋も売り切れ。

母親の若い頃ソックリだ!とタケウチさんが絶句した会心のショット
バックに山中湖、中央にタケウチさん、撮影者酒井の擬似・惑星直列ショット
写真は、母親の若い頃ソックリだ!とタケウチさんが絶句した会心のショットと、バックに山中湖、中央にタケウチさん、撮影者酒井の擬似・惑星直列ショット
ぽじみち

2010/08/10: すり鉢

富士山の山頂はすり鉢状だってのは聞いてましたけど、実際に目の当たりにしてみたら、すり鉢っていうより渓谷。プチ・グランドキャニオン。帰ってきてから友達に「すり鉢入った?」って聞かれたけど、崖だよアレ。入るわけないじゃん。
既に森林限界を超えた植物不毛の高地、行列のできる富士登頂の行列で体力を使い果たしたか、力尽きた屍(しかばね)がそこいら中にゴロゴロと転がって、ある種の寺山修二ワールド! 田園に死す!

山頂の霊的なエネルギーを受けて踊り始めるタケウチさん
頭ん中でレジーナ・ベルがエンドレスで鳴ってる酒井
屍(しかばね)
写真は山頂の霊的なエネルギーを受けて踊り始めるタケウチさんと、頭ん中でレジーナ・ベルがエンドレスで鳴ってる酒井と、屍(しかばね)
ぽじみち

2010/08/10: 九合目~登頂!(標高3710m)

登るにつれて人がドンドン増え、九合目(標高3570m)を超えた辺りからの登山は、前に人が詰まって動けなくなることもしばしば。
霊峰富士とは云うけれど、しかし世俗とは無縁でなく。富士の九合目まで来て、高速の渋滞並みのダラダラぐずぐずの行列って。
登頂したらみんな山頂にある鳥居で記念写真を撮るみたいで、写真待ちの行列がつまり高速の料金所状態なのです。
ため息つきつつも山小屋出発から約90分、ついに吉田口山頂に登頂です。YATTA!
山頂には山小屋が立ち並び、人、人、人の大混雑。もう驚かないけど。

正に登頂直前、数メートルのタケウチさん
登頂直後、数十センチの酒井
写真は正に登頂直前、数メートルのタケウチさんと、登頂直後、数十センチの酒井
ぽじみち

2010/08/10: 2日目、山小屋を出発(標高3370m)

8月8日(日)

山小屋の番頭さん(名物支配人らしいっすよ、一応「自称」じゃなく。やたらトーク慣れしてんのよね、別にいいけど)がしつこく繰り返す爆音の館内アナウンス、「はーいまもなく御来光でーす、御来光ですよお」(ママ)でようやく目覚める二人。つかそれでも知らんふりして寝てたら、番頭さん起こしに来たもんね、ご親切なことで。いや知らんふりしてるこっちもアレですけどね。
昨日は早めに寝たとはいえ、深夜までひっきりなしに入ってくる団体客や山頂での御来光(場所取り)を目当てに23時前から出発する俗物どものせいで始終ガヤガヤしてて、繊細なオトコユ・メンバーは全くもって眠りが浅かったのだ。
朝、手元の温度計は10℃。風も強くて、外に出ると相当寒い。マイッタナーとか思いながら、朝食もそこそこにローテンションでむっくりと再登頂へ。

山小屋の主人もパワー・レコメン!の御来光
二日目の道のりを進む登山客
写真は山小屋の主人もパワー・レコメン!の御来光と、二日目の道のりを進む登山客