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2006年03月13日: ブロークバック・マウンテン
話題の『ブロークバック・マウンテン』、観て参りました。
いや~ほんと、「観て」「参りました」よ。
はい、ここ駄ジャレになってます。
全国でロードショーが始まるのはこの後、18日からなんですが、渋谷のシネマライズって映画館で先行ロードショーがあったので、実はこの前の7日に観てきました。地元の映画館での公開を待ちきれなくて。
前評判で、ひょっとしたらアカデミー作品賞取っちゃうかも!みたいなことが言われてて、真正面からゲイを扱った作品で作品賞って今までのアカデミー賞の長い歴史の中でも一度もない(ですよね?)し、そういうことを知るにつけ、日本で公開される前から勝手に自分の中で盛り上がってました。
で、映画と真剣勝負するつもりで一人で観てきました。
もう観てから1週間近く経つんですけど、困ったことに、いまだにあの映画を観た感想をうまく言葉にできません。
「面白い映画だった」っていうのも違うし、「つまらない映画だった」というのも違う。
なんか、そういう単純な二分法では語れない、周囲の評価などと関係なく屹立しているような映画でした。
観終わって色んなことが分からなかったので、映画館を出たあと本屋に寄って、発売されたばかりの原作の邦訳を買って帰りの電車ん中で一気に読みました。
原作を読むとある程度映画の謎も解けるっていうか、「あそこはああいうシーンだったんだ」と分かる部分もあります。
あるんだけど、やっぱり映画は映画で原作に基づきながらも独自の解釈や原作にないシーンなどがあって、それがストーリーに奥行きを持たせ、あの映画独自の魅力にもなってるので、原作を読んで映画を分かった気になるのもちょっと違うかもしれません。
ちなみにそのアニー・プルーの原作は良かったです。乾いた暗喩、最小限の人と物、言葉にならない感情を描こうとしてうっかり詩的になる文章。自分はアンダスンの『ワインズバーグ・オハイオ』という短編集を思い出しました。(特に「手」っていう超絶にやりきれない短編。)ぜんぜん関係ないけど、『ワインズバーグ・オハイオ』はいい本だと思うのでよろしければご一読を。
そんでふと、映画の内容とか観た感想について、きちんと文章化できないんだったらせめて箇条書きにしてみようかなと思い立っちゃいました。どうでしょうか。すいません。
映画の内容は、
1) 演技 > セリフ
2) 感情 > 理屈
3) 曖昧 > 明解
4) 淡々 > 起伏
5) やりきれなさ > 切なさ
こんな感じ?ってどんな感じだよ。
で私の感想は、
a) 演技は本当に、本当にすごい。
b) でも人物に共感できない。シリアスすぎて安易な共感を許してもらえない。
c) 話の大筋は分かったと思うが、映画そのものは分かった気がしない。
d) 物語だけを捉えると正直言ってつまらない。
e) 一箇所たりとも笑うところがない。考えてみれば近年こんな映画も珍しい。
なので、まったく「ハリウッド的」な、言い換えれば「アカデミー賞」的な映画ではないと思われます。
いわゆるウェルメイドな、ウディ・アレンとか、ああいうストーリーテリングのうまさもないし、かといってヒューマンドラマ的な、ロビン・ウィリアムズが画面いっぱいに熱演してくれるような、そういう感動もないんですよね。
監督のアン・リーが台湾出身だからって、同じ台湾の侯孝賢監督を引き合いに出すのもアレですかね。
でも侯孝賢の『恋恋風塵』とか『悲情城市』、あれもまったく淡々とした映画で観た当時そのドラマ性のなさに驚きましたけど、かなり近いものを感じましたです。
アカデミー賞発表の舞台で、大トリの作品賞を読み上げるプレゼンターのジャック・ニコルスンが、封筒を破って最優秀作品賞の名を読み上げる前に一瞬怪訝そうにも見える表情をしたのが印象的でしたが、結局『ブロークバック・マウンテン』は、アカデミー作品賞以外の数々の賞を取りながら、アカデミー作品賞だけは取れなかったわけです。
しかし、前述しましたように個人的にはアカデミー賞向きの映画じゃないと思ってるので、それはそれでいいです。逆にアカデミー以外の賞を総なめにしていることが驚きです。
私はこの映画を、自分内映画ランキングでベスト10に入ると思ってますが、多くの人が楽しめる映画ではないような気がするのです。
別に、この映画の良さはおれにしか分かるまいとか、そういうことを言いたいわけじゃなくて、例えば映画を観る時に「スカッとしたいから」とか「金のかかった大作を観てうぉーって盛り上がりたいから」って時もあるでしょ。そういうのを観たいって人には、絶対勧めない。
あと「泣きたい」って人にも勧めません。実際おれは泣けなかったもん、ひとっつも。辛すぎて。
作品賞の選考では『ブロークバック・マウンテン』に投票したらしいジャック・ニコルスン。彼がかつて主演した『カッコーの巣の上で』はものすごく好きな映画で、個人的には『ブロークバック・マウンテン』に通じる味わいがあると思っていますが、『カッコー~』のほうは確かアカデミーの作品賞取ってるんだよね。
時代が変わったのか、扱ってるテーマが違うからか・・・。
いろいろ考えてしまいますが。
いや~ほんと、「観て」「参りました」よ。
はい、ここ駄ジャレになってます。
全国でロードショーが始まるのはこの後、18日からなんですが、渋谷のシネマライズって映画館で先行ロードショーがあったので、実はこの前の7日に観てきました。地元の映画館での公開を待ちきれなくて。
前評判で、ひょっとしたらアカデミー作品賞取っちゃうかも!みたいなことが言われてて、真正面からゲイを扱った作品で作品賞って今までのアカデミー賞の長い歴史の中でも一度もない(ですよね?)し、そういうことを知るにつけ、日本で公開される前から勝手に自分の中で盛り上がってました。
で、映画と真剣勝負するつもりで一人で観てきました。
もう観てから1週間近く経つんですけど、困ったことに、いまだにあの映画を観た感想をうまく言葉にできません。
「面白い映画だった」っていうのも違うし、「つまらない映画だった」というのも違う。
なんか、そういう単純な二分法では語れない、周囲の評価などと関係なく屹立しているような映画でした。
観終わって色んなことが分からなかったので、映画館を出たあと本屋に寄って、発売されたばかりの原作の邦訳を買って帰りの電車ん中で一気に読みました。
ブロークバック・マウンテン
E・アニー・プルー、米塚 真治
集英社
2006/02/17
¥ 400 (定価)
(Amazon価格)
★★★★ (私のおすすめ度)
(Amazonおすすめ度)
文庫
(価格・在庫状況は11月23日 20:23現在)
E・アニー・プルー、米塚 真治
集英社
2006/02/17
¥ 400 (定価)
(Amazon価格)
★★★★ (私のおすすめ度)
(Amazonおすすめ度)
文庫
(価格・在庫状況は11月23日 20:23現在)
原作を読むとある程度映画の謎も解けるっていうか、「あそこはああいうシーンだったんだ」と分かる部分もあります。
あるんだけど、やっぱり映画は映画で原作に基づきながらも独自の解釈や原作にないシーンなどがあって、それがストーリーに奥行きを持たせ、あの映画独自の魅力にもなってるので、原作を読んで映画を分かった気になるのもちょっと違うかもしれません。
ちなみにそのアニー・プルーの原作は良かったです。乾いた暗喩、最小限の人と物、言葉にならない感情を描こうとしてうっかり詩的になる文章。自分はアンダスンの『ワインズバーグ・オハイオ』という短編集を思い出しました。(特に「手」っていう超絶にやりきれない短編。)ぜんぜん関係ないけど、『ワインズバーグ・オハイオ』はいい本だと思うのでよろしければご一読を。
ワインズバーグ・オハイオ
シャーウッド アンダソン、Sherwood Anderson、小島 信夫、浜本 武雄
講談社
1997/06
¥ 998 (定価)
(Amazon価格)
★★★★★ (私のおすすめ度)
(Amazonおすすめ度)
文庫
(価格・在庫状況は11月23日 20:23現在)
シャーウッド アンダソン、Sherwood Anderson、小島 信夫、浜本 武雄
講談社
1997/06
¥ 998 (定価)
(Amazon価格)
★★★★★ (私のおすすめ度)
(Amazonおすすめ度)
文庫
(価格・在庫状況は11月23日 20:23現在)
そんでふと、映画の内容とか観た感想について、きちんと文章化できないんだったらせめて箇条書きにしてみようかなと思い立っちゃいました。どうでしょうか。すいません。
映画の内容は、
1) 演技 > セリフ
2) 感情 > 理屈
3) 曖昧 > 明解
4) 淡々 > 起伏
5) やりきれなさ > 切なさ
こんな感じ?ってどんな感じだよ。
で私の感想は、
a) 演技は本当に、本当にすごい。
b) でも人物に共感できない。シリアスすぎて安易な共感を許してもらえない。
c) 話の大筋は分かったと思うが、映画そのものは分かった気がしない。
d) 物語だけを捉えると正直言ってつまらない。
e) 一箇所たりとも笑うところがない。考えてみれば近年こんな映画も珍しい。
なので、まったく「ハリウッド的」な、言い換えれば「アカデミー賞」的な映画ではないと思われます。
いわゆるウェルメイドな、ウディ・アレンとか、ああいうストーリーテリングのうまさもないし、かといってヒューマンドラマ的な、ロビン・ウィリアムズが画面いっぱいに熱演してくれるような、そういう感動もないんですよね。
監督のアン・リーが台湾出身だからって、同じ台湾の侯孝賢監督を引き合いに出すのもアレですかね。
でも侯孝賢の『恋恋風塵』とか『悲情城市』、あれもまったく淡々とした映画で観た当時そのドラマ性のなさに驚きましたけど、かなり近いものを感じましたです。
アカデミー賞発表の舞台で、大トリの作品賞を読み上げるプレゼンターのジャック・ニコルスンが、封筒を破って最優秀作品賞の名を読み上げる前に一瞬怪訝そうにも見える表情をしたのが印象的でしたが、結局『ブロークバック・マウンテン』は、アカデミー作品賞以外の数々の賞を取りながら、アカデミー作品賞だけは取れなかったわけです。
しかし、前述しましたように個人的にはアカデミー賞向きの映画じゃないと思ってるので、それはそれでいいです。逆にアカデミー以外の賞を総なめにしていることが驚きです。
私はこの映画を、自分内映画ランキングでベスト10に入ると思ってますが、多くの人が楽しめる映画ではないような気がするのです。
別に、この映画の良さはおれにしか分かるまいとか、そういうことを言いたいわけじゃなくて、例えば映画を観る時に「スカッとしたいから」とか「金のかかった大作を観てうぉーって盛り上がりたいから」って時もあるでしょ。そういうのを観たいって人には、絶対勧めない。
あと「泣きたい」って人にも勧めません。実際おれは泣けなかったもん、ひとっつも。辛すぎて。
作品賞の選考では『ブロークバック・マウンテン』に投票したらしいジャック・ニコルスン。彼がかつて主演した『カッコーの巣の上で』はものすごく好きな映画で、個人的には『ブロークバック・マウンテン』に通じる味わいがあると思っていますが、『カッコー~』のほうは確かアカデミーの作品賞取ってるんだよね。
時代が変わったのか、扱ってるテーマが違うからか・・・。
いろいろ考えてしまいますが。
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2006年02月24日: 福島次郎氏、死去
作家の福島次郎氏が22日、亡くなりました。
三島由紀夫氏との交流を描いた『三島由紀夫―剣と寒紅』は、三島氏から福島氏に宛てた手紙を引用したことが、三島氏の遺族の方から「著作権侵害にあたる」として訴えがあり、裁判の結果出版差し止めになっているそうです。
そのことばかりが話題になった結果、福島次郎=三島由紀夫の暴露本を書いた人、というイメージが広まってしまっているとしたら残念なことです。
その本は未読なんですが、『淫月』と『蝶のかたみ』という2冊の短編集を読んだことがあります。いずれも、「ゲイ小説」というよりは「ホモ文学」とでも呼んだほうが良いような物語ばかりです。
登場人物たちは決してカムアウトなどしません。
『蝶のかたみ』の中の「バスタオル」という短編は、教え子に恋する教師の話です。
教師はやがて教え子と性交しますが、性交のあと必ず自己嫌悪に陥ります。
自己嫌悪の果てに、自分を慕うその生徒をも拒絶し、生徒の心を傷つけます。
そのことで教師はまたさらに自己嫌悪していくという、ある意味救いがたい話です。
あの石原慎太郎氏が、この短編を高く評価しているそうです。
石原氏は同性愛者嫌いで有名ですので、この「自己否定する同性愛者」を描いた「バスタオル」が気に入ったとしても不思議ではないのかもしれません。
浅田彰氏は福島氏の作品全体を「それは同性愛がタブーであったときにのみ辛うじて意味をもつ時代錯誤的な書物に過ぎないのである。」と断じています。
そして、こうも続けます。「だが、社会的な差別を逆手にとったその程度の文学は、なくなったほうがいいのだ。」
私も基本的にはそう思います。
しかし、「同性愛はタブーであった」と過去形にするのはまだ早いような気がしています。
同性愛は、私たちが生きるこの時代のそこかしこにおいて未だにタブーです。
日本の都市部においては、もはや制度的、社会的なタブーは解体されつつあるかもしれませんが、人々の心に根付く禁忌のイメージは、そう簡単には消え去らないでしょう。
非同性愛者の心の中のみならず、同性愛者の心の中にも内面化された同性愛嫌悪が存在します。それは幼いころからゆっくりと塗り固められてきたものなので、何かの拍子にすぐに顔を出してきます。
私は、福島氏の小説の登場人物、多分に福島氏自身が投影されているであろう「自己否定する同性愛者」たちを、時代錯誤的であると言い切ってしまうことができません。
なぜなら私自身も自己嫌悪する同性愛者だからです。
三島由紀夫氏との交流を描いた『三島由紀夫―剣と寒紅』は、三島氏から福島氏に宛てた手紙を引用したことが、三島氏の遺族の方から「著作権侵害にあたる」として訴えがあり、裁判の結果出版差し止めになっているそうです。
そのことばかりが話題になった結果、福島次郎=三島由紀夫の暴露本を書いた人、というイメージが広まってしまっているとしたら残念なことです。
その本は未読なんですが、『淫月』と『蝶のかたみ』という2冊の短編集を読んだことがあります。いずれも、「ゲイ小説」というよりは「ホモ文学」とでも呼んだほうが良いような物語ばかりです。
登場人物たちは決してカムアウトなどしません。
『蝶のかたみ』の中の「バスタオル」という短編は、教え子に恋する教師の話です。
教師はやがて教え子と性交しますが、性交のあと必ず自己嫌悪に陥ります。
自己嫌悪の果てに、自分を慕うその生徒をも拒絶し、生徒の心を傷つけます。
そのことで教師はまたさらに自己嫌悪していくという、ある意味救いがたい話です。
あの石原慎太郎氏が、この短編を高く評価しているそうです。
石原氏は同性愛者嫌いで有名ですので、この「自己否定する同性愛者」を描いた「バスタオル」が気に入ったとしても不思議ではないのかもしれません。
浅田彰氏は福島氏の作品全体を「それは同性愛がタブーであったときにのみ辛うじて意味をもつ時代錯誤的な書物に過ぎないのである。」と断じています。
そして、こうも続けます。「だが、社会的な差別を逆手にとったその程度の文学は、なくなったほうがいいのだ。」
私も基本的にはそう思います。
しかし、「同性愛はタブーであった」と過去形にするのはまだ早いような気がしています。
同性愛は、私たちが生きるこの時代のそこかしこにおいて未だにタブーです。
日本の都市部においては、もはや制度的、社会的なタブーは解体されつつあるかもしれませんが、人々の心に根付く禁忌のイメージは、そう簡単には消え去らないでしょう。
非同性愛者の心の中のみならず、同性愛者の心の中にも内面化された同性愛嫌悪が存在します。それは幼いころからゆっくりと塗り固められてきたものなので、何かの拍子にすぐに顔を出してきます。
私は、福島氏の小説の登場人物、多分に福島氏自身が投影されているであろう「自己否定する同性愛者」たちを、時代錯誤的であると言い切ってしまうことができません。
なぜなら私自身も自己嫌悪する同性愛者だからです。
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2005年06月25日: 河口和也『クイア・スタディーズ』
やっとこAmazonアソシエイトの許可がおりたのでテスト。
最近読んでる本なぞ紹介してみます。
文字化けするのはなぜ?(2007年11月25日追記 文字化け直ってました) 正しくはタイトルどおり、河口和也著『クイア・スタディーズ』、その名の通り、クイアについての学問「クイアスタディーズ」を紹介する本です。
なんか、アマゾンの「カスタマーレビュー」っての見ると非常に好意的なんですが、自分はちょっと読むのがツラかったなぁ。
文章が分かりにくいんですよ。「難解」ならまだしも、文章になっていない、言い回しが変、ていう次元の話で。
言葉の意味が分からないだけなら調べればいいんだけど、この本の場合、仮に言葉の個々の意味は調べて何とか分かったとしても、文意が汲めないことが多くてなかなか読み進めませんでした。結局この人何が言いたいんだろ?という。
たとえばこんな具合。
しかし、もうちょっと噛み砕いて書いていただくわけにはいかなかったのでしょうか。
とはいえこの本を読んで初めて知ったこともあったし(日本の法務省が同性婚を認めていないなど。てっきり同性婚など無いものとして無視されているとばかり思ってました)、面白く読めた部分もありましたよ。はい。
最近読んでる本なぞ紹介してみます。
クイア・スタディーズ
河口 和也
岩波書店
2003/12/18
¥ 1,365 (定価)
(Amazon価格)
★ (私のおすすめ度)
(Amazonおすすめ度)
単行本(ソフトカバー)
(価格・在庫状況は11月23日 20:23現在)
河口 和也
岩波書店
2003/12/18
¥ 1,365 (定価)
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文字化けするのはなぜ?(2007年11月25日追記 文字化け直ってました) 正しくはタイトルどおり、河口和也著『クイア・スタディーズ』、その名の通り、クイアについての学問「クイアスタディーズ」を紹介する本です。
なんか、アマゾンの「カスタマーレビュー」っての見ると非常に好意的なんですが、自分はちょっと読むのがツラかったなぁ。
文章が分かりにくいんですよ。「難解」ならまだしも、文章になっていない、言い回しが変、ていう次元の話で。
言葉の意味が分からないだけなら調べればいいんだけど、この本の場合、仮に言葉の個々の意味は調べて何とか分かったとしても、文意が汲めないことが多くてなかなか読み進めませんでした。結局この人何が言いたいんだろ?という。
たとえばこんな具合。
またSMの実践者は, 一見すると異性愛の関係を構造化しているかのように考えられる残忍さと権力の不均衡のエロス化を内面化したものとして理解されてきたのだ。この箇所、私は3回か4回読み直して、ようやくおぼろげに文意をつかみました。
ただし, 異なる観点から見れば, 1980年代には, 非標準化されるようなセクシュアリティがフェミニズムやレズビアニズムのなかにも可視的なものとして登場してきたということでもある. こうした非標準化された形態のセクシュアリティに同一化した女性たちが自分のアイデンティティを肯定し, それを承認することを社会に対して主張し始めたということでもある. したがって, 非標準化されたセクシュアリティを生きる女たちと標準的なセクシュアリティを生きる女たちのあいだに政治的な係争が生じることになった.
河口和也『クイア・スタディーズ』岩波書店 48p.-49p.
しかし、もうちょっと噛み砕いて書いていただくわけにはいかなかったのでしょうか。
とはいえこの本を読んで初めて知ったこともあったし(日本の法務省が同性婚を認めていないなど。てっきり同性婚など無いものとして無視されているとばかり思ってました)、面白く読めた部分もありましたよ。はい。
2005年05月10日: Microsoft が同性愛者差別禁止法案を支持
Japan.internet.comの記事から。
「多様性を尊重」、Microsoft が同性愛者差別禁止法案を支持
単純にいいことだと思うし、こういう結果を勝ち取ったアクティビスト達には拍手!なんですが、Microsoftに限らず商売をやっているところがこうした態度表明をするということは、総じて「ビジネス的に判断して」の結果なんだろうなと思います。「そう言っておいたほうがウチの製品は売れるだろう」という判断ですね。
逆に言えば、ビジネスのツボを押さえる、という戦略は少数者の権利拡大に有効な手段だということになります。「ゲイ」というマーケットがあるということを、もっと企業に分かってもらわなきゃいけないかもですね。
ビジネス上の利益が優先され、保守的な倫理感覚に勝るというのは皮肉なことであり、面白い話ですね。保守という、思想上の強者気取りは時に「国益」などという漠とした概念を持ち出すのですが、現実の経済の強者はもはやそちらを見ていないという乖離が起きているわけです。
ああ労しや、資本主義。なんつっ亭。
「多様性を尊重」、Microsoft が同性愛者差別禁止法案を支持
単純にいいことだと思うし、こういう結果を勝ち取ったアクティビスト達には拍手!なんですが、Microsoftに限らず商売をやっているところがこうした態度表明をするということは、総じて「ビジネス的に判断して」の結果なんだろうなと思います。「そう言っておいたほうがウチの製品は売れるだろう」という判断ですね。
逆に言えば、ビジネスのツボを押さえる、という戦略は少数者の権利拡大に有効な手段だということになります。「ゲイ」というマーケットがあるということを、もっと企業に分かってもらわなきゃいけないかもですね。
ビジネス上の利益が優先され、保守的な倫理感覚に勝るというのは皮肉なことであり、面白い話ですね。保守という、思想上の強者気取りは時に「国益」などという漠とした概念を持ち出すのですが、現実の経済の強者はもはやそちらを見ていないという乖離が起きているわけです。
ああ労しや、資本主義。なんつっ亭。



