作家の福島次郎氏が22日、亡くなりました。
三島由紀夫氏との交流を描いた『三島由紀夫―剣と寒紅』は、三島氏から福島氏に宛てた手紙を引用したことが、三島氏の遺族の方から「著作権侵害にあたる」として訴えがあり、裁判の結果出版差し止めになっているそうです。
そのことばかりが話題になった結果、福島次郎=三島由紀夫の暴露本を書いた人、というイメージが広まってしまっているとしたら残念なことです。
その本は未読なんですが、『淫月』と『蝶のかたみ』という2冊の短編集を読んだことがあります。いずれも、「ゲイ小説」というよりは「ホモ文学」とでも呼んだほうが良いような物語ばかりです。
登場人物たちは決してカムアウトしません。同性愛は隠さねばならない、「異常」で恥ずかしいこととして描かれます。

蝶のかたみ福島 次郎
文藝春秋
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『蝶のかたみ』の中の「バスタオル」という短編は、教え子に恋する教師の話です。
教師はやがて教え子と性交しますが、性交のあと必ず自己嫌悪に陥ります。
自己嫌悪の果てに、自分を慕うその生徒をも拒絶し、生徒の心を傷つけます。
そのことで教師はまたさらに自己嫌悪していくという、ある意味救いがたい話です。
石原慎太郎氏はこの短編を
高く評価しているそうです。
石原氏は同性愛者が嫌いだそうですので、この短篇に描かれている「自己嫌悪する同性愛者」にも馴染みやすいのかもしれません。「同性愛者ならさもありなん」ということでしょうか。
浅田彰氏は、福島氏の作品全体を「それは同性愛がタブーであったときにのみ辛うじて意味をもつ時代錯誤的な書物に過ぎないのである。」と
断じています。
そして、こうも続けます。「だが、社会的な差別を逆手にとったその程度の文学は、なくなったほうがいいのだ。」
私も浅田氏の考え方は正しいと思います。
しかし、「同性愛はタブーであった」と過去形にするのはまだ早いような気がしています。
同性愛は、私たちが生きるこの時代のそこかしこにおいて未だにタブーです。
日本の都市部においては、もはや制度的、社会的なタブーは解体されつつあるかもしれませんが、人々の心に根付く禁忌のイメージは、そう簡単には消え去らないでしょう。
非同性愛者の心の中のみならず、同性愛者の心の中にも内面化された同性愛嫌悪が存在します。それは幼いころからゆっくりと塗り固められてきたものなので、何かの拍子にすぐに顔を出してきます。
私は、福島氏の小説の登場人物、多分に福島氏自身が投影されているであろう「自己嫌悪する同性愛者」たちを、時代錯誤的であると言い切ってしまうことができません。
なぜなら私自身も自己嫌悪する同性愛者だからです。